本記事では、グローバル環境におけるAWSクラウドリフトで、どのような点がポイントになるのかを整理します。
近年、複数の国・地域にまたがって事業を展開する企業が増え、それに伴い海外拠点のIT基盤をクラウドへ移行するケースも一般的になってきました。一方で、オンプレミスからAWSへのクラウドリフトは、国内案件とは異なる難しさを伴います。
では、グローバル環境でクラウドリフトを進める際、何が成功の鍵になるのでしょうか。
本記事では、イメージを掴みやすくするために、日本から海外の拠点を持つ日系企業のAWSクラウドリフトを支援するケースを題材に考えていきます。
なお、以下で紹介する内容はあくまで想定ケースとして整理したものであり、特定の実案件を示すものではありません。
技術面とプロジェクトマネジメントの両面から、グローバル環境ならではのポイントを整理していきます。
想定ケース
| 項目 | 内容 |
| プロジェクト | 日本から欧州圏に拠点を持つ日系企業に対して、海外AWS環境へのクラウドリフトを支援する想定ケース。 |
| 現状課題 | 欧州拠点のデータセンターで稼働している既存業務システムが対象。 構成はオンプレミス前提で、老朽化および運用負荷が課題となっている。 |
| クラウド化の方針 | アプリケーション改修は最小限とし、データセンターからAWSへのリフト(Rehost)を前提に移行を実施。移行期限が決まっている。 |
| 海外拠点の制約条件 | 現地のIT担当者は少人数で、設計や移行作業を主体的に進めるリソースが不足している。 |
| プロジェクトの優先順位 | 制約条件を踏まえ、優先度は “スケジュール > コスト > 品質” と設定。 |
想定ケースでありつつも、現実的に可能性が高いケースを設定しています。
技術的なポイント
まずは、想定ケースにおける技術的なポイントを整理します。
1. リージョンとデータ所在
国内案件と違い、グローバル環境では「どのリージョンを利用するか」が前提条件になりやすいです。理由は、国・地域を跨ぐと次の制約が現実問題になるためです。
- データ所在:個人データや業務データ、監査証跡(ログ)の保管場所が、国ごとの規制や社内ポリシーに影響されることがあります。
- レイテンシ:欧州ユーザーが使うシステムなのに、日本側設備(認証や業務連携、NW機器など)への依存が残ると、性能に影響します。
- 運用管轄:監査・セキュリティ・IT運用の責任主体が国別に分かれる場合、権限設計やログ閲覧の導線が変わります。
このため、設計の最初に「データはどこに置くべきか」「誰が何を閲覧できるべきか」「国境を跨ぐ通信は何が許容されるか」を前提として握っておくと、後戻りを減らすことができます。
2. 基本的な移行方針
クラウド移行では、いわゆる7R(Rehost / Replatform / Refactor / Repurchase / Relocate / Retire / Retain)のどれを選ぶかが最初の大きな分岐になります。
About the migration strategies – AWS Prescriptive Guidance
このうち、優先度がスケジュール重視の状況では、移行方式はRehost(リホスト)が選ばれやすいです。たとえば次の条件が重なる場合です。
- 短期間でクラウド上の稼働を実現する必要がある
- 海外拠点のIT要員が限られている
- 既存アプリ改修や再設計に十分な時間を割けない
リホストは構成変更を最小化できるため、工程を標準化しやすく、計画の不確実性を抑えやすいです。まずクラウド移行を完了させることに集中できる点は、スケジュール重視のプロジェクトで特に有効です。
一方で、リホストはオンプレ由来の設計(過剰な冗長化、運用前提の監視、固定的なサイジング等)をクラウドに持ち込みやすく、移行直後はコストや運用効率の面で余剰が生まれがちです。
そのため、リホストを採る場合は最適化(Replatform / Refactor など)を移行後フェーズに切り出す前提を、最初から計画に組み込むのが重要です。
3. 基本設計
グローバル環境のクラウドリフトでは、アカウント、ログ、ネットワーク、移行方式をまとめて設計することが重要になります。これらは相互依存が強く、個別に決めると後から手戻りが発生しやすいためです。
まず、マルチアカウント構成は運用整理だけでなく国・地域ごとに異なる監査要件や権限境界を吸収するための前提になります。特にログについては、運用用途だけでなく、監査や法規制の観点から「どの国・リージョンに保管するか」「誰が閲覧できるか」を最初に整理しておく必要があります。
ネットワーク面では、VPCの分割以上に国を跨ぐ通信経路と名前解決が難所になりやすいです。現行運用における拠点間接続や境界装置、DNS構成が曖昧だと移行時にトラブルになりやすいため、実際の状況から整理することが重要です。
移行方式としては、スケジュール優先のリフトではMGNを使ってEC2へ移行する構成が取りやすいです。ただしグローバル環境では、移行の成否はツールそのものよりも、国際回線の帯域やネットワーク機器の通信許可設定に影響することが多くあります。
4. パイロット移行
グローバル環境のクラウドリフトでは、パイロット移行は「成功させること」よりも、国を跨ぐ構成特有の論点を早期に洗い出すことが目的になります。特にネットワークや認証、名前解決などは、設計段階では見えにくい問題が出やすい領域です。
そのため、最初のパイロットでは、業務影響が小さく、依存関係の少ないサーバから移行を試す進め方が取りやすくなります。これにより、移行手順そのものの確認と、疎通・監視・バックアップといった周辺要素の論点を、短いサイクルで整理できます。
一方で、グローバル構成では、日本側設備や他拠点との接続が絡むケースも多いため、次の段階として国境を跨ぐ依存を持つ代表的なシステムをあえて対象にすることも重要です。こうした順序で進めることで、本番移行前に「どこが詰まりやすいか」を把握しやすくなります。
5. 運用設計
パイロット移行後は、運用をどう回すかが現実的な課題になります。
海外拠点が少人数の場合、現行オンプレミス運用をそのまま踏襲するのも、ゼロから日本的な重厚な運用を作るのもリスクになりがちです。
そこで、AWS Well-Architectedフレームワークをもとにベースとなる運用設計を作り、現地とのFit&Gapで調整する進め方が取りやすくなります。この方法であれば、AWS特有の責任分界や監視・ログの考え方を押さえつつ、現地で現実的に運用できる形に落とし込みやすくなります。
6. コスト最適化
スケジュール最優先のクラウドリフトでは、移行フェーズでのコスト最適化は最小限に留め、移行完了後のフェーズとして切り出す判断が現実的になりやすいです。移行と最適化を同時に進めると、作業が増えて遅延リスクが高まるためです。
ただし、グローバル環境では、国際データ転送や二重運用期間の影響で、想定以上にコストが膨らむケースもあります。そのため、移行フェーズではCompute Optimizerの有効化やタグ設計など、後から最適化を進めやすくするための仕込みを入れておくと効果的です。
こうしておくことで、移行後に十分な稼働データが揃った段階で、根拠を持ってサイズ調整や構成見直しに着手しやすくなります。
プロジェクトマネジメント観点でのポイント
次に、プロジェクトマネジメントの観点でポイントを整理します。
今回の想定ケースのようなグローバル案件では、技術そのもの以上に「伝え方」「合意の作り方」「前提の扱い方」が結果に直結しやすくなります。ここでは、特に影響が出やすい4つの観点に絞ってまとめます。
1. コミュニケーション管理
海外拠点支援はリモートだけでは現場の状況が見えづらく、前提のズレが後から発覚しがちです。
そこでプロジェクト初期は、可能であれば一度出張して現地の課題収集とリレーション構築を行う進め方が効果的です。キーパーソンや制約(人員、運用、ネットワーク事情)を早めに掴めると、その後のやり取りがスムーズになります。費用は掛かりますが、活用の仕方次第でそれ以上の効果を生み出せると考えています。
その後はリモート中心に切り替えて効率化します。海外拠点が少人数の場合、確認箇所を増やすほど相手が詰まりやすいので、日本側で論点を整理し「重要な点を中心に整理する」形が進めやすくなります。
コミュニケーションは時差の制約があるため、非同期的コミュニケーション中心になりますが、1日1時間で良いので会議体を設けることが重要です。重要論点はメールの往復よりも短時間でよいのでオンライン会議で擦り合わせる方が認識齟齬を減らすことができます。
特に状況が見えにくく、認識合わせが必要なフェーズでは必須になります。
2. スケジュール管理
グローバル案件は遅延要因が多くあります。時差による往復遅延、少人数リソースによる詰まり、多国籍メンバーの進め方の違い、国ごとの祝日・長期休暇などが典型です。
この前提があるため、計画では日本の感覚よりバッファを厚めに取ることが重要です。
3. 品質管理
相手拠点のAWS知見が少ない場合、日本側の支援比率が高くなります。そのとき品質を「分厚い資料」ではなく「読めて実行できる資料」と定義するのがポイントです。
日本の重厚なドキュメント文化をそのまま持ち込むと、相手にとっては過剰で「使われない成果物」になりがちです。
そのため、作るドキュメントの種類と粒度は最初にイメージを合わせ、全体が掴めるものと、手順が追えるRunbookなど、運用で使う前提の形に寄せると効果的です。
4. リスク管理
グローバル案件のリスクは、技術要因だけでなく境界とすれ違いから生まれやすくなります。
たとえば、日本側管理のネットワーク機器がボトルネックになる、担当者の長期休暇で止まる、祝日・時差で確認が遅れる、ドキュメント像のズレで手戻りになる、といったものです。
対策はシンプルに、目的・理由をセットで共有し、文字だけでなく図を使って認識を揃えることです。
重要な点ほど会話で短く合意し、決まったことは簡潔に残すという進め方がズレを減らします。
まとめ
グローバル環境のAWSクラウドリフトで大変なのは、文化と環境が異なる相手との仕事で、技術的な点をを含めて前提が揃わない状態で物事が進みやすいところです。
国を跨ぐことで、ネットワークの疎通や切り分けが複雑化し、ログの保管場所や閲覧権限といった制約も絡んできます。加えて、海外拠点のリソース不足や時差により、確認や合意に想定以上の時間がかかることも少なくありません。
このような点に留意してクラウドリフトを進めることで、陥りがちな失敗パターンを回避することができます。
当社では技術伴走支援サービスで、クラウドリフトの支援も提供しています。
海外拠点を含むクラウド移行もご相談可能ですので、お気軽にご連絡ください。
